念写 商品

念写とは、頭にイメージしたものを念じることによって、カメラのフィルムや紙などに焼き付けることを言います。超能力のひとつに数えられています。
透視と念力両方の特徴を持った能力で、明治時代における透視の実験・研究中に発見された現象とされています。
念写には二つのタイプがあり、ひとつは透視によって得たイメージを、念力によってフィルムに焼き付けるタイプ。もうひとつは透視は行わず、自分が頭の中に描いたイメージをフィルムに焼き付けるタイプがあるとされています。
念写の実験は発見当初から盛んに行われていましたが、いずれも解明されていません。また、念写実験として有名なものには、1931年2月24日に行われた「月の裏の念写実験」というものがあります。

情報操作の疑いを持つ。
決してこの書籍は公平でも第三者的に事実のみを書いたものではない。知った情報の一部を隠す事で読者の印象を操作し筆者の意図した方向へ、と読後感を変えさせている。これだけの書籍を書く為の情報収集をしたならネガティブ情報も入手しただろう、一般書籍でさえ挙げている話を故意に書いていない。例を挙げれば長尾夫人に関する醜聞(詐欺師との不倫関係)は丸ごと欠落していたりする。また「藤教篤」氏は完全に悪者の道化回しに誘導する様に書かれている。この書籍は事実を主に扱っているが、筆者は「透視も念写も事実だ」と心底信じているのだろうか?透視も念写も現在行う人間は居ないのは何故か?「念写」で月の裏側を撮影した(当然インチキ)男性とか賑々しく馬鹿らしい騒動が有ったりする。この本を読まれる方は 是非他にも数ある書籍を読まれると良い。この本で隠された部分こそが人間的に面白い。「疑って掛かる」姿勢を忘れると また「オウム」や「オカルト」「心霊」「波動」とかいう代物が「憑依」するかもしれない。
トンデモ本ではありません。非常に読み応えのある作品です。
日本における超能力研究の先駆者ともいうべき人物福来友吉、そして彼の研究を巡って巻き起こった「千里眼事件」、といっても明治から大正にかけてのことなので、知らない人の方が多いかもしれない。

でも、鈴木光司の「リング」の中で山村志津子(貞子の母)と彼女の超能力を研究していたT大学助教授伊熊平八郎が超能力の公開実験中に新聞記者たちから「インチキだ!」と糾弾されたシーンを覚えている方はいるだろう。その伊熊のモデルが福来であり、志津子(あるいは貞子)のモデルが本書に登場する御船千鶴子、長尾郁子、高橋貞子である。

本書は、福来が行った数々の実験とその実験を詐欺・インチキだとする学者達、そして当時の世論の動きを、福来や他の学者達の著作や新聞記事を詳細に調べ比較することで、福来の実像とその実験の真贋に迫ろうとしている。また、著者の筆致も冷静で文章も枯れた趣きを感じさせるので、全体としては地味な印象がありセンセーショナルな作品ではない。

しかし、超能力という、信じない人は全く信じないような不思議な能力を学問として研究し、その結果大学を追われた人物を書く手法として文献の比較対象を中心にしたのは成功であったと思うし、本書が読み応えのある作品になった理由でもあったように思う。

超能力を全て信じているわけではない私が、本書を読むことによってその存在を完全に信じることができるようになったわけではない。ただ、しかし、この作品の価値はそこにあるのではなく、福来友吉という一人の学者の実像を描き出すことにあるのだと思う。

本書の題名は、福来が自身の著作のまえがきに記した「透視は事実である。念写もまた事実である」という、彼を非難する人たちに向けての宣言から引用したものである。
題があやしげなために本当に興味のある人から敬遠される可能性あり
題名から見ると、あやしげな超能力、霊ものという印象があるが、福来友吉と御船千鶴子、長尾郁子をめぐる、いわゆる千里眼事件の詳細な調査を元にしたノンフィクションである。調査はかなり詳しく行き届いており、記述もわかりやすく、興味深い。心理学史として、重要な文献の一つとなるであろう。しかし、この題名を見て、購入する読者の多くがこのようなものを求めているかは疑問である。また、福来友吉について、心理学史の中で興味を持っている人(それほど世の中にはいないであろうが)にとっては、逆に買いにくい、アクセスしにくいものとなってしまっている。売り方や題名をもう少し工夫できなかったのだろうか。
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